【患者様情報】
14歳、ビション・フリーゼ、8.5kg、去勢済み
【主訴】
興奮して走り回ってから痛そうに鳴き右後肢を完全挙上している
【前十字靭帯とは】
前十字靭帯は大腿骨(太ももの骨)外側顆内面の後部から起こり、脛骨(脛の骨)の前顆間区に付着しており、膝の安定性に関与しています。
【前十字靭帯断裂の原因・症状】
前十字靭帯断裂はイヌの後肢破行(びっこ)で遭遇する頻度の最も高い疾患です。
原因は加齢による二次性変化(変性)がほとんであり、外傷性は5~10%程度と割合は少ないです。そのため発症したイヌの37%で17ヶ月以内に対側の靱帯断裂発症の報告があります。
コーギーやハスキーは若齢期の部分断裂が指摘されていますが、基本的には4歳以上での発症が多く、高いTPA(脛骨機能軸に対する垂線と脛骨内顆の頭側縁と尾側縁の角度)、狭いinter condylar notch(大腿骨の内顆と外顆の距離で、先のコーギーやハスキーで狭い傾向にあります)、膝蓋骨内包脱臼の併発などが疫学として報告されています。
症状は完全断裂の場合は患肢を完全挙上してしまい三本足で歩くような仕草が見られることがあります。部分断裂の場合は明確な破行はでないことが多いですがよく観察していると歩き始め・終わりだけ破行が出ることがあります。また部分断裂の場合痛み止めなどで一時的に良くなるもお薬を休薬すると再び破行が再発する症例が多いです。
また前十字靭帯断裂は膝の中の半月板損傷を伴うことも多く(20~77%で合併)、半月板には傷害受容体が存在し、血流は悪いため損傷すると生涯治らなくずっと痛いという状況になってしまいます。
【前十字靭帯断裂の診断】
1.触診
Drawer TestやThrust Testと言う、前十字靭帯が切れることにより膝が前に飛び出る動きを触診で検知いたします。この際クリック音を認めることで膝関節の中の半月板損傷が検知されることもあります。
2.レントゲン
レントゲンでは脛骨前方変位の有無や関節液が増量していないかの評価(fat pad sign)、変形性関節症の所見が無いかを評価します。またその際に他の疾患が併発していないかの評価も合わせて行います。
3.関節鏡やMRI検査
上記で診断がつかない場合適応されることがあります。
【X線検査所見】
本症例では膝関節伸展痛、Drawer Test陽性、Thrust Test陽性であり触診時のクリック音が認められた。単純X線検査では脛骨前方変位、fat pad sign陽性を認め前十字靭帯完全断裂を疑う。
【前十字靭帯断裂の治療】
前十字靭帯断裂の治療は大きく分けて内科治療と外科治療に分けられます。
内科治療の場合は消炎鎮痛剤による疼痛のコントロールと装具による不動化を行います。
この場合1週間程度で跛行はある程度改善することもありますが関節炎は進んでしまいます。また、半月板損傷があった場合疼痛の管理はさらに難しくなります。
外科治療の場合でも関節炎の進行を完全に予防する術式は存在しません。ただし早期の外科的介入が関節炎の進行抑制に有効である可能性が指摘されています。また半月板損傷や膝蓋骨内包脱臼を伴う場合は内科的な管理で跛行が改善することは難しく外科治療が推奨されます。
【前十字靭帯断裂の外科治療】
・関節内制動法
over-the-top法やunder-and-over法などが報告されていますが、ヒトでは用いられる手術のようですがイヌの場合治療成績が悪く、通常用いられることは少ないです。
・関節外制動法
前十字靭帯と同じ力が働くように腓腹筋種子骨と脛骨粗面に人工の靱帯をかける方法です。骨を切る必要がなく、有効性が高く結果も安定しており、脛骨の異常な内旋を防ぎ、膝関節の不安定性を制動することができます。ただし2ヶ月程度は安静の必要性があります。
当院では大型犬やTPAが35°を超える場合以外はこちらの術式のラテラルスーチャー法を選択することが多いです。
・TPLO
骨を切り角度を変えることで(TPAを6°以下に設定)負重時の脛骨の前滑りを防止する術式です。高齢や慢性経過、大型犬や肥満症例で用いられることが多いです。
【関節外制動法(ラテラルスーチャー法)の術中写真】
矢印:断裂した前十字靭帯 参考:他症例の正常な前十字靭帯
損傷した半月板を切除 人工靱帯設置後
【術後レントゲン写真】
術後は負重した際と同じようなストレスをかけても人工靱帯により、脛骨前方変位は認められません。※矢印は人工靭帯設置のための骨孔です。
【術後管理】
術後は3日ほど制動と術後の浮腫を軽減するために包帯にて保護します。その後は2ヶ月ほど運動制限をかけ人工靭帯の周りへの繊維化を待ちます。
【予後】
一般的にラテラルスーチャー法では術後およそ3ヶ月までに臨床上正常な歩行に戻り、力学的調査によれば約20週(5ヶ月)で正常な歩行負荷が確認されると報告されています。本症例も術後経過は良好であり、同じような経過をたどると考えられます。
担当獣医師 森亮磨 担当スタッフ 江副裕香
当院では前十字靭帯断裂や様々な症例に関するご相談や、セカンドオピニオンも承っております。ご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。ご予約やご相談は、下記のクロス動物医療センター公式LINEでも24時間受け付けておりますので、ぜひご利用ください。